[Newsletter vol. 147]
知的財産高等裁判所は、令和4年1月19日及び2月10日、商標登録第5545466号(本件商標1)及び商標登録第5674320号(本件商標2)が日本国内において使用されていないため権利を取り消した特許庁の不使用取消審決の是非が争われた裁判において、『取消審判制度が何人も申し立てることができることに藉口して,専ら原告を害する目的でしたものと認められるから,権利の濫用に当たる』、『和解契約に基づいて商標権について不争義務を負う者が,当該商標権に係る商標登録について商標登録取消審判を請求することは,信義則に反し許されない』として、商標権者による本件商標の使用が認められないとしても、特許庁の審決を取り消す判断を下しました。
[令和2年(行ケ)第10113号審決取消請求事件/第4部:菅野裁判長、令和2(行ケ)第10114号審決取消請求事件/第1部:大鷹裁判長]本件商標
原告(ウイリアム ポーター セントジョン 二世)が、第18類及び第28類において、以下の態様からなる本件商標1及び2を、2012年5月9日に出願したところ(商願2012-036490, 2012-036491)、特許庁は、同年12月21日及び2014年5月30日に本件商標1及び2を登録しました。
商標不使用取消審判
被告(ボースト ブランズ グループ, エルエルシー)は、2018年9月13日、本件商標1及び2に対して、不使用取消審判を請求しました。特許庁は、商標法第50条による商標登録の取消審判の請求があったときは、被請求人(原告)において、その請求に係る指定商品のいずれかについての登録商標の使用をしていることを証明し、又は使用をしていないことについて正当な理由があることを明らかにしない限り、その登録の取消しを免れないところ、『被請求人は、本件商標の使用をしていること、又は使用をしていないことについて正当な理由があることに関して、そのいずれについても、何ら主張、立証していない。』として、商標法第50条の規定により、本件商標1及び2の登録は取り消すべきと判断しました。[取消2018-300722, 取消2018-300723]
裁判における原告の主張
原告らとブランデッドボースト社が2015年11月4日に締結した本件和解契約には,①原告らは,「BOAST」の商号で「BOAST」商標を付した商品を米国外で自由に販売することができることを確認する旨の条項(12項),②ブランデッドボースト社は,世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない旨の条項(14項)が存在する。被告は,2017年10月3日,ブランデッドボースト社から,米国内の「BOAST」ブランドに係る事業を買収し,同社が保有する「BOAST」ブランドに係る米国登録商標の移転を受け,これに伴い,ブランデッドボースト社の本件和解契約に基づく契約上の地位を承継した。その後、被告は,2017年12月頃,原告に対し,原告が保有する本件商標を含む日本及びその他の国のBOASTブランドに係る登録商標の買取りを打診し,2018年2月15日付けで,原告らとの間で,上記商標の買取り交渉を目的として,秘密保持・不使用契約を締結した上,上記商標の買取りについて協議をしていたが,合意に至らず,2018年3月以降,協議は中断していた最中,被告は,特許庁に対し,原告が保有するBOASTブランドに係る日本の4つの登録商標について,不使用取消審判請求をした。
このように,商標の買取交渉が思い通り進まないとみるや、上記義務に違反して、日本「BOAST」登録商標の取消審判請求を行ったものであり、被告の対応は不誠実であり、その目的の正当性も、保護されるべき法的利益も存在しない。したがって、被告の取消審判請求は、信義則違反又は権利濫用を理由として請求不成立とすることが妥当である。
知財高裁の判断
知財高裁は、以下のとおり認定し、特許庁の審決を取消す判断を下しました。
- 被告は,適式な呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず,答弁書その他の準備書面を提出しないから,原告主張の請求原因事実については争うことを明らかにしていない。
- 本件和解条項14項の「世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない」にいう「妨害しない」との文言は,ブランデッドボースト社が,原告らが有する米国外で商標登録された「BOAST」ブランドに係る商号権及び商標権の有効性を争わない義務(いわゆる不争義務)を負うことを定めた趣旨を含むものと解され、被告は,ブランデッドボースト社の本件和解契約に基づく契約上の地位を承継したのであるから,原告に対し,本件和解契約に基づいて,本件商標の商標権について不争義務を負うものと認められる。
- 商標権に関する紛争の解決を目的として和解契約が締結され,その和解契約において当事者の一方が他方(商標権者)に対して当該商標権について不争義務を負うことが合意された場合には,そのような当事者間の合意の効力を尊重することは,当該商標権の利用を促進するという効果をもたらすものである。また,このように当事者間の合意の効力を尊重するとしても,第三者が当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは可能であるから,上記公益的観点による利益を損なうものとはいえない。
- したがって,和解契約に基づいて商標権について不争義務を負う者が,当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは,信義則に反し許されないと解するのが相当である。