知財高裁:取引上の密接な信頼関係が形成された代理店でない事業者による商標登録は取消

[Newsletter vol. 160]

 知的財産高等裁判所は、令和4年9月12日、商標法第53条の2違反により登録第5911020号商標「NUDE NAIL / glass nail shiner」(以下、本件商標)の登録を取り消した特許庁の審決の妥当性が争われた裁判において、「代理人」、「代理店」等の名称を有していたか否かという形式的な観点のみから判断するのではなく、同条の適用の基礎となるべき取引上の密接な信頼関係が形成されていたかどうかという観点において検討するのが相当であるとして、本件商標の登録を取り消した特許庁の審決を支持する判断を下しました。

[令和元年(行ケ)第10157号審決取消請求事件/第4部:菅野裁判長]


本件商標の登録背景

 原告(株式会社ビーアンドオー研究所)は、2016年9月5日、本件商標を第8類「つめ磨き,つめ磨き器,つめやすり」他において出願し、特許庁に早期審査を申し立てた結果、2016年12月13日に登録査定が到達、2017年1月6日に商標登録されました。

 一方、被告(韓国法人ダインス カンパニー リミテッド)は、本件商標よりも先に、韓国において本件商標とほぼ同一の商標(引用商標)を同一又は類似の指定商品において、被告商品の韓国総代理店であるエスタッチ社と共有で商標登録していました。

 判決によると、原告は、本件商標出願前の2016年5月6日、S社を通じて被告商品を発注し、本件商標の出願日までに 33,200枚を購入、1,261万円を支払い、その後も両者の取引は継続。

 本件商標に関して、エスタッチ社が最初に特許庁に出願していましたが(商願2015-119036)、登録料未納により2016年8月24日に却下となりました。原告は、取引開始から1ヵ月後の2016年6月10日、被告に対し、本件商標の独占的使用許諾を申し入れましたが、被告は直ちに承諾せず、被告名義で引用商標を日本で出願する予定である旨、7月5日、S社を通じて原告に回答しました。その後、被告が引用商標を出願したところ(商願2016-136383)、本件商標と抵触するとして特許庁から拒絶理由が通知されたことで発覚。原告による本件商標の登録は商標法第53条の2に違反するとして、被告は、2018年4月12日、特許庁に取消審判を請求しました(取消2018-300215)。


不当登録取消審判

 商標法第53条の2は、パリ条約の同盟国等において商標権を有する者の代理人若しくは代表者、又は出願日前一年以内に代理人若しくは代表者であつた者が、正当な理由がなく、外国商標権を有する者の承諾を得ないで、日本において、当該権利に係る商標又はこれに類似する商標を、当該権利に係る商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務において登録した場合、外国商標権者は、該国内登録の取消審判を請求できることが規定されています。

 特許庁は、『原告は、被告商品を継続的に輸入し販売する又は販売していた者であることは明らかであって、被告との間には、継続的な取引により慣行上の信頼関係が形成されていたというのが相当である。したがって、原告は、本件商標の登録出願時において、商標法53条の2にいう「代理人若しくは代表者」であった者に該当する。』、『メールのやり取りによれば、被告が日本でのNUDE NAIL商標を商標登録出願する意思がなかったということはできない。被告が原告に対し、日本において引用商標の権利を取得することを放棄した、又は、取得する関心がないことを信じさせた場合に該当すると認めるに足る客観的な証拠はない。そうすると、原告の本件商標の登録出願をする行為は、正当な理由があったものと認めることはできない。』と述べ、2019年10月15日、本件商標の登録を取り消す審決を下しました。これを不服として、原告は、同年11月12日、知財高裁に審決取消訴訟を申し立てました。


知財高裁の判断

 知財高裁は、以下のとおり述べ、原告の主張を退けました。

  1. 商標法53条の2は、輸入者が権利者との間に存在する信頼関係に違背して、正当な理由がなく外国商標を勝手に出願して競争上有利に立とうとする弊害を除去し、商標の国際的保護を図る規定というべきであり、この観点からすると、ここにいう「代理人」に該当するか否かは、輸入者が「代理人」、「代理店」等の名称を有していたか否かという形式的な観点のみから判断するのではなく、商標法53条の2の適用の基礎となるべき取引上の密接な信頼関係が形成されていたかどうかという観点も含めて検討するのが相当である。
  2. 原告と被告の関係は、単発の商品購入にとどまるものではなく、継続的な取引関係の構築を前提とするものであり、このことは、原告がわが国におけるエスタッチ社商標の使用権を取得しようとしたこと、さらには、本件商標の登録出願をしたこと自体からも裏付けられるものである。以上の事情を総合考慮すると、原告と被告の間には、本件期間内に既に、代理人ないし代理店と同様の取引上の密接な信頼関係が形成されたものと認めるのが相当であり、代理店契約の存否等にかかわらず、原告は、同条の2にいう「代理人」に該当する。
  3. 被告が、エスタッチ社商標の出願が登録料未納付により却下されたことを把握していたとしても、原告による本件商標の登録出願まではわずか2か月にすぎず、これをもって「長期間」放置したとか、原告のみならず任意の第三者においてエスタッチ社商標に代わる商標を登録することが可能な状態を許容していたなどと評価できないことは明らかである。
  4. 被告が独占的通常使用権の許諾には簡単には応じられないという意向であったことを知りながら、独占的通常使用権をめぐる交渉中に本件商標の登録出願をしたものであるから、原告が当該出願について正当な理由があるなどといえないことも明白である。
商標法53条の2の法趣旨に基づき、「代理人」の拡大解釈を認めた裁判所の判断は、商標実務に影響する内容と言えます。53条の2は、パリ条約第6条の7を国内法に適用した規定であり、パリ条約では、「代理人」に相当する用語(英語)として「agent」が使用されています。「agent」を「代理人」と訳したことで、やや誤解を招いたようです。