[欧州連合]漫画「アルプスの少女ハイジ」のキャラクターと類似する商標の登録を無効取消

[Newsletter vol.129]

欧州連合知的財産庁(EUIPO)は、欧州連合商標No.10475151が漫画「アルプスの少女ハイジ」のキャラクターに係る著作権侵害を侵害し、これにより、EUTM商標の登録無効事由となるかが争われた無効審判において、2021年5月18日、欧州連合商標の登録を取り消す判断を下しました。
[Cancellation no. 33 741 C (Invalidity)]

アルプスの少女ハイジ

ベルギー法人Studio100は、1974年に創作された人気漫画「アルプスの少女ハイジ」に関する権利を2008年に譲受け、2011年5月25日に漫画「アルプスの少女ハイジ」のDVDを発売しました。下掲の画像は、第4話(18分26秒ごろ)に出てくる主人公・ハイジの顔を描いたシーンです。

欧州連合商標 no. 10475151

問題となった欧州連合商標(EUTM)は、人の顔を漫画化したような図形からなるところ、スイス法人Heidi.com SAにより、第18,25及び28類を指定して、2011年12月7日に出願されました(EUTM no. 10475151)。審決によると、本件商標はスイスにおいて2003年7月18日に登録されており(P-515890)、2011年5月25日から2017年5月22日までの間、実際に使用されていたようです。

アントワープ商業裁判所の判決

両当事者間で争われた著作権侵害訴訟において、アントワープ商業裁判所(Antwerp Commercial Court)は、2018年6月6日、先行著作権に依拠した商標の使用を禁止するベルギー著作権法に基づき、スイス法人Heidi.comが本件商標を使用する行為は、Studio100の著作権を侵害するとの判断を下しました。

EUIPO取消部の審決

この判決を踏まえ、Studio100は、2019年3月3日、本件商標の登録取消しを求め、欧州連合商標規則(EUTMR)第60条(2)(c)及び第59条(1)(b)違反により、EUIPOに無効審判を請求しました。

EUIPO取消部は、以下のように述べ、本件商標は、EUTMR第60条(2)(c)に違反して登録されたものであると結論付けました。

EUTMR第60条(2)(c)は、「EUTMは、その使用が他の先の権利、特に、著作権の保護を規制する欧州連合立法又は国内法に従って禁止することができる場合には、EU 知財庁に対する申請に基づいて、無効を宣言される。」と規定しており、著作権の保護は、指定商品・役務に拘らず、無断複製(unauthorized reproduction)や翻案(adaptation)に対して認められることから、出所混同のおそれを評価するための類似判断は適用されない。本件無効審判は、ベルヌ条約を遵守するベルギーの国内法において保護される「アルプスの少女ハイジ」(Heidi, Girl of the Alps)シリーズに登場する漫画キャラクターの著作権を根拠としており、主人公ハイジの描き方には、美術の著作物として創作性(original work)が認められる。また、ベルギー経済法(CEL)第165条(1)において、商標に含まれる著作物の全部又は一部の無断複製又は翻案に対し、著作権の効力が及ぶことが規定されている。

両者を比較すると、本件商標は、先行著作物の主たる特徴、すなわち、丸い顔、両頬の丸い赤み、5ヵ所毛先がはねたにユニークなヘアースタイル、を全て取り込んでいる。本件商標において眉や口、鼻、(眼球の)虹彩が省略されている事実は、結論には影響せず、当該差異は、僅かな修正に過ぎない。「heidi.com」の文字の有無によって、先行著作物の主たる特徴を複製したことに変わりはなく、むしろ、ハイジのキャラクターとの関連性が強めるものである。これらの共通性の程度からすると、単に、偶然の一致とは言い得ず、本件商標は先行著作物に依拠して複製されたものと推測される。

Heidi.comは、「継続して5年の期間、先の商標が保護されている加盟国において後のEUTMが使用されていることを知りながらその使用を黙認していた場合は、もはや先の商標を基礎として無効審判を請求できない」ことを規定したEUTMR第61条(2)を根拠に、2011年5月25日の使用開始から5年以上が経過していると反論しましたが、EUIPO取消部は、以下の理由により、これを退けました。

EUTMR第61条(2)は、加盟国の先行商標に基づく無効審判の請求が制限されることを規定しており、これには、先行著作権は含まれるとは解されない。また、当該規定の適用には、(i)先行商標が保護されている加盟国又はEUにおいて、EUTMが5年継続して使用されていたこと、(ii)審判請求人が実際に(actually)、その使用に気付いていたこと、(iii)審判請求人が使用中止させることができたにも拘らず、それを怠った(remained inactive)ことを、EUTM権利者に立証義務があるところ、本件商標権者は、その義務を果たしていない。したがって、本件商標権者の反論は、失当である。


先行著作権に基づき、出所混同のおそれを問わず、商標登録を取り消す法的根拠は、日本では商標法4条1項7号(公序良俗違反)の適用が挙げられますが、本件の相違点をもってしても取消すあたりは、著作権保護に対する文化の違いを感じざるを得ません。