特許庁判定:通常採用される「立体型マスク」の形状は、商標権の効力範囲に属さず

[Newsletter vol.122]

特許庁は、第5類指定商品「布製衛生マスク」において立体商標として登録された登録第5988821号商標(以下、本件商標)の権利者から、イ号標章の形状を施した商品「布マスク」の販売は本件商標権を侵害するとして警告を受けた事業者の申立てによって争われた判定請求事件において、商品「布マスク」に使用するイ号標章は、本件商標の商標権の効力の範囲に属しない、と判定しました。[判定2020-600017]

判定請求の背景事実

 被請求人(本件商標の商標権者)は,請求人が商品「布マスク」に特定の立体的形状を有するイ号標章を使用していることについて,請求人に対して,前記商標登録に係る商標権を侵害するものである旨の警告書を発し,裁判所への差止め請求及び損害賠償請求の提起を行うとともに,警察へ被害届を提出し,さらには,請求人が利用するECサイトヘ商標権侵害の旨を通報する旨の準備があることを表明しました。
 そこで,請求人は,本件商標に係る商標権の効力の範囲について,専門的知識をもって中立的立場から判断される判定を特許庁に求め,その判定に基づいてこの問題を解決すべく,本件判定を求めました。

特許庁の判断

(1)本件商標について

 口あて部分と耳かけ部分から構成されているところ,口あて部分は人間の顔の形に合わせた形状であることや,前部が膨らんでいて,マスクと口元の間に空間を有するという点において共通するものであり,その共通する形状は,花粉,埃などを吸入しないようにすることや,咳やくしゃみの飛沫が飛散することを防ぐために,顔との密着性を高めたり,装着時の息苦しさを緩和させることなどを目的とした「立体型マスク」の基本的な形状であって,当該商品の機能を効果的に発揮させるために通常採用されている形状といえるものである。また,本件商標の本件ひも部分に付けられたアジャスターは,耳の上下を通る2本のひもを通し,アジャスターの固定位置を変更することによって,ひものサイズ調整ができるようにしたものであって,アジャスターの形状は,格別特異な形状をしたものではなく,本件ひも部分の形状も,格別特異な形状をしたものではない。
 してみれば,本件商標の立体的形状は,「衛生マスク」の形状として,商品の機能又は美感に資することを目的として採用されたと,客観的に理解できるものであるから,本件商標の指定商品の形状を普通に用いられる方法で表示するにすぎないというべきである。
 そして,本件商標中,ピラミッド図形部分には,ピラミッド様の図形と当該ピラミッド様図形の頂点部分付近にリング状の図形が表されているから,自他商品の識別力を発揮するものとして認識されるものである。

(2)イ号標章について

 イ号標章の立体的形状は,本件商標の立体的形状と同様に,イ号標章が使用される商品「布マスク」の一種である「立体型マスク」の機能を効果的に発揮させるために通常採用されている形状といえるものである。そして,その他に,イ号標章には,自他商品の識別力を発揮しうる部分は存在しない。

(3)イ号標章が本件商標の商標権の範囲に属するか

 本件商標とイ号標章の立体的形状が類似するものであるとしても,これらの立体的形状は,本件商標の指定商品又はイ号標章の使用商品との関係において,商品の機能又は美感に資することを目的として採用されたと,客観的に理解できるものであるから,イ号標章は,商品「布マスク」の形状を普通に用いられる方法で表示するにすぎないというべきであるから,商標法第26条第1項第2号に該当する

本件の特許庁の判断は、極めて妥当かと思います。商標権者から理不尽とも思える権利行使を受けた際の防衛手段として「判定制度」が利用された事例として、ご紹介させていただきました。ただ、請求から判定まで「6ヶ月」要しており、請求人の気苦労を勘案すると、もう少しスピーディーな判定審理が望ましいように思われます。