知財高裁:『運動選手向けシフォンケーキ』を意味する「athlete Chiffon」は、自他役務識別力を欠く

[Newsletter vol. 187]

 知財高裁は、令和5年10月12日、商願202193231athlete Chiffon(以下、本願商標)の自他役務識別力及び役務の質誤認のおそれが争われた審決取消訴訟において、特許庁の原審決(不服2022-8603)を支持し、本願商標からは「運動選手向けのシフォンケーキ」程度の意味合いが認識、理解されるとして、出願人の請求を棄却する判決を下しました。

[知財高裁令和5年(行ケ)第10038号/第4部宮坂裁判長]

本願商標athlete Chiffon

 本願商標は、標準文字で書された「athlete Chiffon」の欧文字からなるところ、2021年7月27日、第43類役務「飲食物の提供,宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ」を指定して、特許庁に出願されました。

  特許庁は、『「運動選手向けのシフォンケーキ」程度の意味合いを認識、理解させるものであり、「運動選手向けのシフォンケーキの提供」に使用しても、当該役務において提供される飲食物が運動選手向けのシフォンケーキであることを表示したものとして認識させるにとどまり、本願商標は、自他役務の識別標識としては認識し得ないから、商標法3条1項3号に該当する。また、本願商標を「運動選手向けのシフォンケーキの提供」以外の指定役務に使用するときは、役務の質の誤認を生じさせるおそれがあるから、商標法4条1項16号に該当する。』として、本願商標を拒絶しました。

商標法第3条第1項第3

 その役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標を除き、商標登録を受けることができる。

商標法4条第116

 役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標ついては、商標登録を受けることができない。


審決取消訴訟(原告の主張)

 出願人は、本年4月20日、知財高裁に拒絶審決の取消を求める訴えを起こし、「athlete」の語は、運動選手に限らず健康や安全を意識した人も想定して使用されている、シフォンケーキ専門店に限らずに「シフォン」「chiffon」の文字を含む店名の店が存在する、「athlete Chiffon」という店舗ではシフォンケーキ以外のスイーツも取り扱っており、アスリートの顧客は4分の1程度で、その他多くの顧客は、同店のシフォンケーキ、各種焼き菓子、ペット用お菓子の販売、提供を違和感なく受け入れているとして、本願商標は商標法第3条第1項第3号及び第4条第1項第16号には該当しない、と主張しました。


裁判所の判断

 知財高裁は、以下のように述べ、原審決を支持し、本願商標は両号に該当すると判断しました。

  • 商標法第3条第1項第3号掲記の標章は、商品の産地、販売地その他の特性を表示、記述する標章であって、取引に際し必要な表示として誰もがその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないことから、登録を許さないとしたものである。
  • 菓子やパン類を含む飲食物や、各種の商品又は役務について、運動選手向けであるという商品又は役務の種類を表すものとして「アスリート」「athlete」の文字を語頭に配した「アスリートケーキ」「アスリートパンケーキ」等の語が、広く使用されている実情が認められる。そうすると、「アスリート」の部分は、後半に続く商品又は役務が「運動選手向け」であることを示すものとして取引者、需要者に認識されるものといえる。
  • 「シフォン」「chiffon」が「シフォンケーキ」の略であることを前提に、語頭に、その提供対象を表す語を配した例(「お子様シフォン」「お一人さまシフォン」等)が広く使用されていることが認められる。また、シフォンケーキ専門の飲食店や店舗の店名に「シフォン」「chiffon」が用いられていることが認められる。そうすると、「シフォン」「chiffon」の語頭に、提供対象を表す語が配された場合、語頭の部分は、後半に続く「シフォン(シフォンケーキの略称)」の種類、内容を表すものであると容易に理解されるとみるのが相当である。「chiffon」を含む商標又は店名を使用してシフォンケーキ以外の飲食物を提供している実例があるからといって、飲食物の提供に係る取引者、需要者の多くが、「chiffon」をシフォンケーキと認識することに変わりはない。
  • 以上によれば、本願商標は、これに接する取引者、需要者に、「運動選手向けのシフォンケーキ」程度の意味合いを認識、理解させるものであるから、指定役務中、「運動選手向けのシフォンケーキの提供」に使用しても、これに接する取引者、需要者に、当該役務において提供される飲食物が運動選手向けのシフォンケーキであること、すなわち、役務の質(内容)を表示したものとして認識させるにとどまるから、商標法3条1項3号に該当する
  • 本願商標から「運動選手向けのシフォンケーキ」という意味合いが生じることから、本願商標を「運動選手向けのシフォンケーキの提供」以外の指定役務に使用するときは、役務の質の誤認を生じさせるおそれがあるから、本願商標は、商標法4条1項16号に該当する
商標法3条1項3号と4条1項16号とは表裏一体の関係にあるため、両号該当性が問題となるのは実務上よくあることですが、一種類のメニューのみ提供する飲食店の方が圧倒的に少ない実情、「運動選手向けシフォンケーキ」の概念が明確に定まっていない状況を勘案しますと、4条1項16号の該当性を認めた本件の判断には、やや疑問を感じます。