知財高裁:Dr. Martensの黄色のステッチ位置商標について、商標法3条2項の該当性を否定

[Newsletter vol. 183]

 知財高裁は、令和5年8月10日、「Dr. Martens」ブーツ・シューズの特徴[足の甲を覆う革と靴の周りを縁取るウェエルト(細革)の縫い合わせる黄色の糸のステッチデザイン]に関する位置商標の自他商品識別力が争われた商標拒絶審決取消訴訟において、黒以外の糸の革靴及びブーツに用いられた場合に需要者の認知度を得ているとは認められないとして、特許庁の判断を支持し、黄色のステッキ位置商標の登録を拒絶する判断を下しました。[知財高裁令和5年(行ケ)第10003号/第2部本多裁判長]


 「Dr. Martens」(ドクターマーチン)ブランドのブーツ・シューズの製造販売を行う英国法人Airwair International Limited(以下、エア・ウェアー社)は、2018年6月12日、下掲の態様からなる位置商標を、第25類指定商品「革靴,ブーツ」他において、特許庁に出願したところ(商願2018-77608)、自他商品識別力を欠くとして商標法3条1項3号に該当し、また、使用による特別顕著性(商標法3条2項)の要件を具備しないとして、審査において拒絶されました。

 これを不服として、特許庁に拒絶査定不服審判を請求しましたが(不服2021-2446)、特許庁は、『靴の上部と靴底の境界部分の外周に沿った位置に縫い目を出し縫いする製法を採用する場合には、必然的にステッチ状の破線が表れることから、商品の機能又は美観に資する目的で採用された形状(装飾)と認識できる。ステッチ状の破線に黄色を採用している点は、視認性を向上させ、デザインにアクセントを与えるなど、デザイン手法として極めて一般的に採択されている装飾手法であるから、商品の美観上の理由による選択といえる範囲のものにすぎない。したがって、本願商標は、指定商品の形状(装飾)又は特徴を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標といえる。』、『本願商標は、その指定商品に係る需要者(ブーツや革靴を頻繁には購入しない者をむ。)の間において、原告ブランドとの関連性を直ちに想起させるほど広く認識されるに至っているとまでは認めることはできず原告のみが、その指定商品について排他独占的に使用してきたものではないこともあって、本願商標は、その指定商品との関係において、使用をされた結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるに至ったものと認めることはできない。』として、2022年8月23日、原査定を支持する審決を下したことから、エア・ウェアー社は、当該拒絶審決の取消を求め、知的財産高等裁判所に提訴しました。


 エア・ウェアー社は、『ウェルトステッチは、靴のデザイン性及び色の統一性が損なわれないよう、靴の上部やアウトソールと同系色の色彩が使用されることが一般的であり、ステッチ状の破線に黄色を採用している本願商標の構成要素は、機能又は美観上の理由から採用すると予測される範囲を超えた形状といえる。』、『日本での発売から35年以上経過し、一般的に、ファッション製品については、その製品カテゴリーの需要者において15%を超えるような認知度が認められれば、十分な識別力がある』と主張しましたが、知財高裁は、以下のように述べ、エア・ウェアー社の主張を退けました。

  • 本願商標の位置は、一般的な製造方法により靴製品を製造した場合に、通常、ステッチが現れる位置であり、また、糸の縫い目であるステッチが破線状になることは通常のことといえるから、本願商標の位置に破線状の図形を設けることは、靴の形状として、普通に用いられるものであるといえる。
  • ウェルトとアッパー又はアウトソールを縫い付けるために使用される糸には、ウェルトステッチが目立たないように、アッパーやアウトソールと同系色のものが使用されるのが一般的である。そうすると、黄色は、本願商標の破線状の図形を表す方法の一つであるグッドイヤーウェルト製品により黄又は黄系統の靴製品を製造する場合には、一般的に選択される色彩であるといえるから、本願商標の破線状の図形の色彩に黄色を選択することは、通常のことであるといえる。
  • したがって、本願商標は、指定商品である革靴及びブーツの形状として、普通に用いられる形状その他の特徴のみからなる標章であるというべきであり、少なくとも黄又は黄系色の靴製品を、一般的な製造方法であるグッドイヤーウェルト製法により製造する者であれば、何人も使用を欲するものであって、かつ、一般的に使用される標章であるというべきであるから、商標法3条1項3号に該当すると認めるのが相当である。
  • 本願商標の用いられた原告商品は、昭和60年頃以降、日本全国において広く販売されており、本願商標の査定時までの販売期間は約35年と相当程度に長く、販売数量や売上高も相当程度に大きいものと認められる。また、本願商標は、全体が黒色の革靴又はブーツに用いられた場合には、視認性が高く目を引く部分であるといえ、需要者及び取引者が、黒等の暗い色の革靴又はブーツに施された黄色のステッチから原告ブランドを想起する例があることが認められる。他方で、黒色の革靴又はブーツであって本願商標と同じ特徴を有する商品については、原告の模倣品対策により、日本国内において流通する量が極めて少ない状況にある。
  • 本願商標の特徴を有する黒い革靴の黄色ステッチ部分の写真を見た需要者(店舗等で靴やブーツを見ることがある者及び1年以内に革靴やブーツを購入した者)のうち、選択肢を示された場合には37.6%が原告ブランドを選択できており、最も多く回答された他のブランド名であるティンバーランド(Timberland)を回答した者の割合(7.9%)4倍以上であるが、本件アンケート調査は、黒色の革靴(アウトソール及びウェルトも黒である。)に本願商標を用いたものについて、側面から撮影した写真の下部分(黄色のステッチ部分)を示して質問がされたものであるから、本願商標が黒以外の色のアウトソール及びウェルトとともに用いられた場合についての認知度を示すものとはいえない
  • 本願商標の願書の記載によると、下地が黒色であることは本願商標の範囲に含まれるものではないから、アウトソール及びウェルトが黒色である場合の本願商標の認知度をもって、本願商標自体の認知度を評価することは相当ではない