[Newsletter vol.174]
特許庁は、令和5年3月29日、設定登録から30年以上経過した登録第2051689号の2商標「龍馬」(以下、本件商標)について、本件商標を特定の者に商標権として登録を認め、これをその指定商品に使用することは、我が国において周知・著名な坂本龍馬の名声に便乗し、一私人にその指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、同人の名声、名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、同人の名声、功績をたたえ顕彰し、これを維持、管理する地方公共団体等の各種施策を阻害するおそれがあるから、社会公共の利益に反するとして、商標法第4条第1項第7号違反により、本件商標の登録を無効と判断しました。
[無効2022-890033号審決]
本件商標
本件商標は、「龍馬」の文字を横書きしてなり、1985年10月8日に登録出願、1988年2月26日に登録査定、1988年6月24日に設定登録され、2008年8月6日に指定商品の書換登録がされた登録第2051689号商標について、第29類「卵,食用魚介類(生きているものを除く。),冷凍野菜,冷凍果実,肉製品,加工水産物,油揚げ,凍り豆腐,こんにゃく,豆乳,豆腐,納豆,加工卵,カレー・シチュー又はスープのもと,お茶漬けのり,ふりかけ,なめ物」を指定商品として、同月11日に商標権の分割移転の登録がされ、2017年12月8日、一般承継により、旭ブロック建設株式会社の商標権として、現に有効に存続しています(存続期間満了日:2028年6月24日)。
無効審判
審判請求人(有限会社 吉永鰹節店)は、カツオ漁の盛んな高知県土佐市において、90年以上にわたって伝統の鰹節を作り続けている事業者であり、生鰹を軽く塩水にくぐらせてから焼き上げて包装した商品のパッケージに「かつお焼節龍馬節」の標章を表示して、自社が運営する通販サイトや県内各所の店舗などで販売していたところ、本件商標権者からの侵害警告書を2021年8月31日に受け取り、これに対し、2021年9月24日に当該標章を商標出願したところ、特許庁での審査において、本件商標と類似するとの拒絶理由が通知されました。
このため、請求人は、商標法第4条第1項第7号に関する商標審査便覧42.107.04が2009年10月に新設されたことを根拠に、2022年5月13日、本件商標に対して無効審決を請求し、本件商標が過去に登録された登録商標であることを奇貨として権利行使を行い、坂本龍馬のゆかりの地である高知県にて事業を行う請求人の商品の販売の即時中止を迫り、使用許諾による経済的利用を図ろうとしたことで、本件商標は公正な競業秩序を害し、社会公共の利益に反し容認できないことが顕在化したとして、公序良俗違反により本件商標の登録無効を主張しました。
歴史上の人物名に関する商標の取扱い
歴史上の人物名に関する商標の取扱いについては、2009年10月に商標審査便覧42.107.04が設けられ、当該歴史上の人物の周知・著名性、当該歴史上の人物名に対する国民又は地域住民の認識、当該歴史上の人物名の利用状況、当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品・役務との関係、出願の経緯・目的・理由、当該歴史上の人物と出願人との関係を考慮し、「歴史上の人物の名称を使用した公益的な施策等に便乗し、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、利益の独占を図る意図をもってした商標登録出願」と認められるものについては、公正な競業秩序を害するものであって、社会公共の利益に反するものであるとして、商標法第4条第1項第7号に該当することが規定されています。
特許庁の判断(無効審決)
1.「龍馬」の文字は、龍馬ゆかりの地における各地方自治体等において、施設の名称、イベントや祭事の名称等に、「坂本龍馬」の略称として広く利用されていることなどから、歴史上の人物名である「坂本龍馬」と同視し認識し得る。
2.坂本龍馬は、我が国において幕末に活躍した著名な人物であるが、その功績等ゆえに、高知県をはじめ、各地において、一般の人々の間で親しみと敬愛の念をもって広く知られる歴史上の人物であると認め得るものである。そして、高知県に限らず、坂本龍馬ゆかりの地にある多数の史跡等が、観光の施設、建造物、観光場所などとなっており、それらが県や市の観光振興及び地域おこしのための施策の基盤となっていること、地方自治体及び文化団体などがこれらを保存・公開し、観光振興や地域興しに役立てようとする取組がなされていること、坂本龍馬ファンの集まりである団体が、全国各地に存在し現在においても活動を継続していることなどから、各地において、敬愛の念をもって親しまれていることが認められる。さらに、「卵」、「レトルトカレー」、「加工水産物(カツオのたたき)」、「肉製品(ステーキ肉)」、「ふりかけ」など本件の指定商品を含む様々な商品に「龍馬」の文字や坂本龍馬の肖像が用いられ、製造、販売されており、観光振興や地域興しに広く活用されている。
3.被請求人は、何ら答弁しておらず、他に被請求人と坂本龍馬との関係性は発見できないから、坂本龍馬の名声、評価を維持、管理するなどの公益に資するために本件商標の登録を取得したとは認められない。
4.したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号で定める「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当する。