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最新号(VOL.199 – 2024/05/01)

知財高裁:一般消費者を対象としない、エルメスのパッケージカラーに関する認知度調査は不適当

[Newsletter vol. 199]


 知的財産高等裁判所は、令和6年3月11日、エルメスのパッケージに施された2色(橙色と茶色)の組み合わせからなる色商標(商願2018-133223)について、特許庁の拒絶審決(不服2021-13743号審決)を支持し、アンケート調査における助成想起40%の認知度は自他識別力の獲得を認め得る結果と認定しつつも、指定商品との関係で商標法32項の適用を否定した特許庁の判断に誤りはないとして、エルメス・パッケージカラーの商標登録を認めない判断を下しました。

[知財高裁令和5年(行ケ)第10095号/第4部宮坂裁判長]

本願商標

 本願商標は、以下のとおり、色彩の組合せのみからなるものであり、箱全体において、橙色(RGBの組合せ:R221, G103, B44)、上部周囲に茶色(RGBの組合せ:R94, G55, B45)とする構成からなり、仏国法人エルメス・アンテルナショナルが、各種商品(香水,化粧品,宝飾品,腕時計,文房具類,ハンドバッグ)及びこれらの小売等役務を指定して、2018年10月25日に登録出願したところ、本願商標は商標法第3条第1項第3号及び第6号に該当し、また、使用による識別力を獲得したものとは認められないとして、拒絶されました。

エルメス社は、令和4年10月8日、拒絶査定不服審判を請求しましたが、特許庁は、令和5年4月6日、以下のように述べ、本願商標を拒絶する審決を下しました。


特許庁の判断(拒絶審決)

  1. 本願商標の指定商品又は指定役務を取り扱う又は提供する分野において、その商品等に橙色と茶色の組み合わせに近似した色彩が一般に用いられている事実があることから、本願商標が格別に特異な色彩よりなるとはいえず、また、箱状の商品等の全体に色彩を付すことも珍しくはないことからすると、色彩を付する位置としてもありふれたものといえる。
  2. エルメス社は、需要者の注意を強く引くように、包装箱中央や包装用リボン上などに「HERMES」「エルメス」の文字や馬車と人を描いた図形が用いられており、これらの文字又は図形から商品若しくは役務の出所が認識され又は認識され得ることは否定できない。
  3. アンケート調査①は、その調査の対象者が9都道府県(北海道、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、兵庫県、大阪府、福岡県)エリアの、30歳~59歳、男性・女性であって、世帯年収1,000万円以上の者に限られていることから、当該対象の設定に問題があり、当該調査結果(純粋想起:36.9%、助成想起:43.1%)を基礎とした本願商標の認識度を推し量ることは適切とはいえない
  4. 以上のことからすると、本願商標が、その指定商品及び指定役務との関係において、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるに至っているとは認められない。

知財高裁の判断

 エルメス社は、令和5年8月23日、本件審決の取消しを求め、知財高裁に提訴しましたが、裁判所は、以下のように述べ、本願指定商品・役務との関係において、本願商標の使用による自他識別力の獲得を認めることはできないと判断しました。 

  • 「エルメス」ブランドは、著名なものとなっていると認められる。その著名の程度は、我が国における歴史の長さ、圧倒的な販売実績、一般消費者への露出の多い活発な広告宣伝等を通じて、あるゆるファッションブランドの中でもトップクラスの地位にあると解される。
  • 本願商標は、明るい橙色と落ち着いた茶色のコントラストを通じて橙色の華やかさを強調し、茶色の縁取りが箱の輪郭のシャープさを印象付けるものであり、茶色をあえて上部周囲だけに使用するにとどめたことで、シンプルな中に気品を感じさせる構成になっている。これを単純な「ありふれた色彩の組合せ」というのは、適切な理解とはいえない。侵害品が市場に存在する事実は、本願商標の色彩及びその配色の特徴がありふれたものであることを根拠づけるものではなく、むしろ、本件包装箱の色彩及びその配色の特徴が高い顧客吸引力を有することを示唆するものといえる。
  • 本件包装箱の使用及び宣伝広告を通じて、少なくとも、「エルメス」のような高級ファッションブランド商品の購入者やこれに関心を有する消費者の間では、本願商標を付した本件包装箱(オレンジボックス)は、原告の展開する「エルメス」ブランドに係るものであるとの認識が広く浸透しているものと認められる。しかしながら、本願の指定商品及び指定役務の需要者は広く消費者一般であると解するのが相当であり、「エルメス」のような高級ファッションブランド商品の購入者やこれに関心を有する消費者に限られないというべきである。
  • 本願商標と併用されている文字商標等の影響を排除し、本願商標だけに着目して、その識別力の有無・程度を明らかにするための資料として、認知度アンケート調査が有用なことが少なくない。アンケート調査②における認知度(純粋想起:39.2%、助成想起:44.4%)という意味では、本願商標の自他商品役務識別力の獲得を認め得る結果になっているといえる(被告は正答率が高いとはいえない旨主張するが、正当な評価とはいえない。)。しかし、広く一般消費者を対象したものとはいえない。
  • 本願の指定商品及び指定役務に照らすと、本願商標の需要者としては一般消費者を想定すべきであり、そうした需要者を基準に考えた場合、本願商標それ自体から「エルメス」ブランドを認識できるに至っていると即断することはできない。本件各アンケート調査の結果も、本願商標の自他商品役務識別力の認定証拠としては不適当といわざるを得ない。
知財高裁は、40%程度の認知度であれば、自他識別力の獲得(使用による特別顕著性)が肯定されることを示唆しており、実務的には、大変参考になる判決といえます。また、識別力欠如により色商標の登録が認められないとしても、不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当する可能性に言及しており、有名ブランドに配慮した裁判所の姿勢が伺えます。

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