知財高裁:単なる「黙認」では、商標の使用権設定の黙示の合意成立とは認められず

[Newsletter vol. 219]


知的財産高等裁判所は、令和7年2月27日、登録第3105120号商標「大勝軒」(第42類:中華料理の提供)に対する不使用取消審判の請求は成立しないとの特許庁の棄却審決(原審決)の適否が争われた審決取消訴訟において、商標権者と浅草橋大勝軒との間に通常使用権設定合意が認められないとして、原審決を取り消す判決を言い渡しました。

[知財高裁 令和6(行ケ)10071/第4部宮坂裁判長]

本件商標

 有限会社大勝軒が所有する登録第3105120号商標「大勝軒」は、旧第42類「中華料理の提供」を指定役務として、平成7年12月26日に設定登録され、現在も有効に存続しています。


不使用取消審判

 株式会社大勝軒は、本件商標は過去3年以上、上記指定役務において一度も使用されていないとして、令和5年3月7日、特許庁に対し、不使用取消審判を請求しました(取消2023-300154号)。


棄却審決(特許庁の判断)

 特許庁は、本件商標権者(有限会社大勝軒)は「人形町系大勝軒」と称する師弟関係に基づく店舗グループの中で、本店「人形町大勝軒」に代り本件商標の商標管理をする立場にあったという状況を見て取ることができ、当該店舗グループに属する浅草橋大勝軒と商標権者との間には、「人形町大勝軒」から暖簾分けを受けた店舗として、本件商標をその指定役務について使用することについて黙示の合意(又は口頭での明示の合意)があったと推認でき、浅草橋大勝軒は、本件商標の通常使用権者と認められる。本件商標は、通常使用権者によって上記指定役務に使用されていることから、本件商標の不使用取消は認められないとして、令和6年6月5日、審判請求を棄却しました。                                       

 株式会社大勝軒(原告)は、特許庁の判断を不服として、令和6年7月12日、知的財産高等裁判所に原審決の取消しを求めて提訴しました。


知財高裁の判断 

 知財高裁は、以下のように述べ、「大勝軒」の文字を横書きしてなる本件商標について、浅草橋大勝軒による本件商標の使用が認められるものの、商標権者である被告と浅草橋大勝軒との間に通常使用権設定合意が認められないとして、商標登録の不使用取消審判請求を不成立とした原審決を取り消す判断を下しました。

  • 商標権者が第三者に登録商標と同一の商標の使用を容認する態度を示していたとしても、それをもって無償の通常使用権の設定合意(黙示の合意)が成立したなどとたやすく認めるべきではない。 すなわち、通常使用権は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利であり(商標法31条2項)、商標権者の承諾を得た場合及び相続その他の一般承継の場合には、移転することができ(同条3項)、登録を受ければ、その商標権若しくは専用使用権又はその商標権についての専用使用権をその後に取得した者に対して、その効力を対抗することができるものである(同条4項)。こうした通常使用権の権利性に鑑みれば、通常使用権設定の黙示の合意が成立したというためには、単なる「黙認」にとどまらない、「権利の付与」に向けた明確かつ積極的な意思を客観的に確認できる必要があるというべきである。
  • 平成8年1月頃、被告代表者と浅草橋大勝軒代表者との間で、本件商標の使用を許すとの口頭のやり取りがあったことは認められるものの、被告代表者は、商標法上の通常使用権の設定契約を締結する必要性についても、通常使用権の意味についても、あまり理解しておらず、したがって、「通常使用権」という用語も口にせず、有償・無償の別を含め、使用料の取決めについても一切話題に上らなかったのであり、浅草橋大勝軒代表者においても、口頭で聞いた限度で理解、了承したが、その法的な意味等について特段意識することはなかった
  • 「人形町系大勝軒」といわれるグループ店舗は十数店もある中で、被告が本件商標登録取得後、その旨の報告と「大勝軒」の屋号の継続使用に関する話をしたのは、特に近しい関係にあった浅草橋大勝軒と本町店の2店だけであり、被告が「グループ店舗の本店(人形町大勝軒)に代わり本件商標の商標管理をする立場」にあったとは考え難い。 したがって、本件において、被告が通常使用権という権利の付与に向けた明確かつ積極的な意思を示したといえるような客観的な事実は見当たらず、上記記の口頭のやり取りをもって、本件商標の通常使用権の設定合意が成立したと考えることはできない。
  • ところで、法律の専門家でない一般人が「通常使用権」なる法律用語を知らなかったとしても、その内容に沿う効果意思を持って相手方との意思の合致に至ったと認められるのであれば、通常使用権設定の合意(口頭の合意)の成立を認めることに妨げはないが、本件は、そのような場合と異なる。すなわち、  被告代表者は、代表者尋問中で、被告が本件商標登録を得た後も浅草橋大勝軒が「大勝軒」の屋号を継続使用できるという認識であったと供述しており、平成8年1月頃本件商標に関する話をした目的が、「本件商標を使用することのできる権利の創設的な設定」にあったわけではなく、そのような効果意思を有していなかったことは明らかである。実際にも、浅草橋大勝軒は、平成3年法律第65号附則3条1項所定の継続的使用権に基づき、従前と同様に「大勝軒」の商標を継続使用する権利を有していたと認められるから、客観的にも、通常使用権の設定を受ける必要などなかった。
商標は、権利者自らが使用しなくても、許諾を与えた他人が使用しておれば、不使用取消を免れます。今回の裁判では、他人に許諾を与える話し合いにおいて、「使用できる権利」を創設的に設定する意思が客観的に確認できなければ、黙示の通常使用権は認められず、その結果、商標権が取り消されてしまい、権利を手放さざるを得ないリスクが浮き彫りになりました。