[Newsletter vol. 206]
知的財産高等裁判所は、令和6年7月31日、文字と図形からなる結合商標同士の類似性が争われた拒絶審決取消訴訟において、特許庁の判断(不服2023-6676号審決)を支持し、両商標の要部である文字部分から生じる称呼が同一であり、役務の出所について誤認混同を生ずるおそれのある類似の商標に該当するとの判断を下しました。
[知財高裁令和6年(行ケ)第10032号/第4部宮坂裁判長]
本願商標
本願商標は、下左掲の態様からなり、2021年12月17日、第44類役務「歯科医業」他を指定して、特許庁に出願されました(商願2021-157884)。
引用商標
特許庁審査官は、上右掲の先行登録第5490039号商標(引用商標1)、及び、第5490040号商標(引用商標2)と類似するとして、本願商標の登録を拒絶しました。出願人は、これを不服として審判を請求(不服2023-6676号)しましたが、令和6年2月26日、特許庁が拒絶査定を支持する審決(本件審決)をしたことから、本年4月2日、本件審決の取消を求め、知財高裁に提訴しました。
知財高裁の判断
知財高裁は、以下ように述べ、本件審決を取り消すべき違法は認められないとして、原告の請求を棄却しました。
- 本願商標の図形部分と文字部分は間隔を大きく開けて配置されており、その間隔は、本願文字部分中かな文字の高さに比して5倍程度、ローマ字「i」とその読み仮名「アイ」の文字を含めた高さと比しても2倍以上である。このような外観に照らし、本願商標は、商標全体としての構成上の一体性は希薄である。
- 本願図形部分は何らかの葉を表すものであり、白い斑紋様の模様があることから、クローバー(シロツメクサ)と理解する余地はあるものの、クローバーが通常三つの葉を有するもので、一般の取引者・需要者において、本願図形部分が五つ葉のクローバーと理解するのは困難であり、いかなる植物の葉を図案化したものか明らかとはいえない。一般に、文字商標の装飾として草花のイラストが添えられることは珍しくないところ、本願図形部分はそのようなものと大差ないと考えざるを得ず、本願図形部分は、それ自体、出所識別標識としての称呼及び観念を生じないものというべき。
- 「デンタルクリニック」の文字に関する使用の実情から、本願文字部分は、歯科医院の名称を連想させるものの、本願文字部分全体として一般の辞書等に掲載されているものではなく、具体的な意味合いを認識させるものであるとはいえない。また、「歯科医業」等の需要者は、その役務における他のサービスと区別する目印として、その提供者に係る歯科医院等の名称に着目してそのサービスの選択に当たることが一般的と解され、本願商標に接する需要者は、いかなる植物を図案化したものか自体明らかでない本願図形部分に着目するのでなく、「歯科医院の名称」を表していると考えられる本願文字部分に、より一層着目し、当該文字(語句)より生ずる称呼によって、取引に当たるのが自然である。
- 以上に認定したところに鑑みれば、本願図形部分からは出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められ、また、本願図形部分と本願文字部分は間隔を大きく開けて配置されており、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、本願文字部分から生ずる称呼によって取引に当たる結果、本願文字部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすということができるから、本願文字部分が本願商標の要部に当たる。
- 引用商標は、図形と文字を組み合わせた結合商標であり、各部分は、相互に重なり合うこともなく間隔を空けて配置されており、かつ、図形と文字の違い、文字種や大きさの違いがあることから、視覚上分離、独立して観察し得る。
- 図形部分は、上段文字部分との位置関係及び配色も含めて総合観察すれば、「I」の欧文字を筆記体で表記することで、上段文字部分の冒頭の「アイ」を強調するものと理解される。
- 上段文字部分は、歯科医院の名称を連想させるものの、上段文字部分全体として一般の辞書等に掲載されているものではなく、具体的な意味合いを認識させるものであるとはいえない。また、上段文字部分は、取引者・需要者において、他のサービスと区別する目印として着目する度合いが高く、当該文字(語句)より生ずる称呼によって、取引に当たるのが自然である。
- 下段文字部分は、構成文字も上段文字部分に比べ小さい上、「みんなのための素晴らしい笑顔」程のキャッチフレーズのような意味合いを認識させるものであって、役務の宣伝広告又は企業理念・経営方針等の意味を有するにとどまり、出所識別機能を有するとはいえない。
- 以上に認定したところに鑑みれば、引用商標の図形部分及び下段文字部分からは出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められ、また、視覚上分離、独立して観察し得るものであり、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、上段文字部分から生ずる称呼によって取引に当たる結果、上段文字部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすということもできるから、上段文字部分が引用商標の要部に当たる。
- 本願商標の要部(本願文字部分)と引用商標の要部(上段文字部分)とは、観念において比較することができないものの、外観において相紛らわしく、称呼を同一とするものであるといえることから、その外観、称呼及び観念等によって、取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すれば、本願商標と引用商標1及び2は、役務の出所について誤認混同を生ずるおそれのある類似の商標というべきである。
文字と図形の結合商標同士の類否が争われた事案ですが、本願商標を結合商標と捉えること自体に違和感を覚え、また、本願商標の図形部分が自他識別力を発揮しないとの認定にも疑問を感じます。引用商標の要部が上段文字部分のみとすれば、裁判所の判断は結論として妥当かと思いますが、先願優位が原則とはいえ、過度な分離観察を避ける法解釈・議論が必要と思われます。