[日本]知財高裁:音商標「マツモトキヨシ」は、他人の氏名を含む商標とはいえない

[Newsletter vol.135]

知的財産高等裁判所は、令和3年8月30日、音楽的要素及び「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音商標について、「マツモトキヨシ」を読みとする他人の氏名を含む商標と認められるか否か(商標法第4条第1項第8号該当性)が争われた裁判で、本件商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音は、一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない、として特許庁の判断を取り消す判決を言い渡しました。
[令和2年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件、第1部:大鷹裁判長]


 原告(株式会社マツモトキヨシホールディングス)は、音楽的要素及び「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる以下の音商標を第35,44類の役務を指定して平成29年1月30日に出願(商願2017-007811。以下、本件商標)しました。


 これに対し、特許庁は、拒絶査定不服審判(不服2018-8451)において、①本件商標は、ウェブサイトやNTT東日本及び西日本の「ハローページ」には、「マツモト」を読みとする姓氏及び「キヨシ」を読みとする名前の氏名の者が多数掲載されている実情があることからすると、本件商標を構成する「マツモトキヨシ」という言語的要素は、「マツモトキヨシ」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであるから、本件商標は、人の「氏名」を含む商標である、②上記「ハローページ」等に示された「マツモトキヨシ」を読みとする氏名の者は、原告と他人であると認められるが、原告は、当該他人の承諾を得ているものとは認められない、③したがって、本件商標は、「他人の氏名」を含む商標であり、かつ、その他人の承諾を得ているとは認められないものであるから、商標法4条1項8号に該当し、登録することができない、④仮に本件商標が原告又はその子会社の商号の略称及び同子会社が経営するドラッグストア、スーパーマーケット及びホームセンターの店舗名を表すものとして一定の著名性があったとしても、かかる事実は本件商標の同号該当性の判断を左右するものではないとして、商標法4条1項8号により、本件商標の登録を拒絶しました。


 この判断を不服とし、原告は、令和2年10月28日、知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を申し立て、『本件商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から,通常,容易に連想,想起するのは,ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」又は企業名としての株式会社マツモトキヨシホールディングスであって,「マツモトキヨシ」と読まれる人の氏名であるとはいえないから,上記言語的要素からなる音は,「マツモトキヨシ」と読まれる人の氏名として客観的に把握されるものとはいえない。』等と主張しました。一方、被告(特許庁長官)は、『自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがないという利益を保護する商標法4条1項8号の趣旨に照らせば,音で表されたものであるとしても,他人の氏名を指し示すものとして受け入れられている以上,同人の人格的利益が害されることになると考えられるから,同号の「氏名」には,音で表された氏名も含まれる』と反論しました。


 知財高裁は、判決において、以下のように判断しました。

  1. 商標法4条1項8号の趣旨に照らせば,音商標を構成する音が,一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には,当該音商標は,「他人の氏名」を含む商標として,その承諾を得ているものを除き,同号により商標登録を受けることができないと解される。音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで,他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない
  2. そうすると,取引の実情に照らし,商標登録出願時において,音商標に接した者が,普通は,音商標を構成する音から人の氏名を連想,想起するものと認められないときは,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから,当該音商標は,同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできない
  3. 本件商標に接した者が,本件商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から,通常,容易に連想,想起するのは,ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」,企業名としての原告であって,普通は,「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」,「松本潔」等の人の氏名を連想,想起するものと認められないから,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。
  4. したがって,本件商標は,商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできない。
商標法4条1項8号により、「マツモトキヨシ」をはじめ、個人の氏名に係る商標は、同名の人が現存すれば、人格権保護の観点より、商標登録は認められません。今回は、その氏名が文字ではなく、音で表された場合に同号が適用されるかが争点となりました。知財高裁は、取引の実情を考慮し、「一般に人の氏名を指し示すものと認識されるか」次第で適用が分かれるとしており、同号の新たな解釈として、意義のある判決かと思われます。実務的には、この判断基準が文字商標の場合にも適用されるのか、今後の判断が大変注目されます。